自己紹介
常陸の時詠み麗
REI
時の向こうに映る景色を、
言葉にして届ける者
私がここに辿り着くまでのお話を、
させていただこうと思います。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
Chapter 01
霞ヶ浦のほとりで
私は茨城県の南東部、霞ヶ浦の水辺にほど近い小さな町で生まれ育ちました。
父は口数の少ない人で、母はいつも家族のことを第一に考える人でした。
両親は共働きで家を空けることが多く、幼い私の面倒を見てくれたのは祖母でした。
祖母は霞ヶ浦の近くで、小さな商店を営んでいました。
古い木の引き戸を開けると、畳の匂いと、祖母が淹れてくれる温かいお茶の香りがしました。
学校から帰ると、私は決まって祖母の店へ向かいました。
「麗、けぇってきたのか。今日は学校どうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「そうかそうか。腹減ったっぺ。そこにおやつあっから、食べな」
そんな何気ない会話が、私にとって何よりも幸せな時間でした。
祖母は、近所の人たちからも慕われる穏やかな人でした。
けれど、時折、不思議なことを口にする人でもありました。
夕暮れ時、霞ヶ浦の方角をじっと見つめながら、祖母はよく言っていました。
「麗、人の人生ってのはな、霞ヶ浦の水みてぇなもんなんだよ」
「どういうこと?」
「風が吹きゃ波が立つし、風がやめば静かになんだっぺ。人の心もおんなじだ」
幼かった私には、その意味がよくわかりませんでした。
ただ、祖母が遠くを見つめる時だけ、いつもとは違う静けさが漂っていたことを覚えています。
私の名前は、麗(れい)といいます。
この名前をつけてくれたのも祖母でした。
「麗って字にはな、きれいで、まっすぐな心を持ってほしいって願いを込めたんだよ」
そして、こう続けました。
「どんなに先が見えなくなっても、心まで曇らせちゃなんねぇ。人のことをちゃんと見られる人になんな」
当時は少し難しい言葉に感じました。
けれど、その言葉だけは、なぜかずっと胸の奥に残っていました。
Chapter 02
小学五年生の秋
小学五年生の秋のことです。
その日は朝から冷たい雨が降っていました。
学校へ行く支度をしていた時、突然、頭の中に見慣れた光景が浮かんできました。
祖母の商店でした。
いつものように店先に立つ祖母。
そのすぐ後ろで、古い木製の棚が大きく傾いている。
そして、棚が倒れる音。
ほんの一瞬の出来事でした。
驚いて目を開けると、私は自宅の玄関に立っていました。
夢を見ていたわけではありません。
確かに起きていたのです。
それなのに、今まで見たことのない光景が、まるで目の前で起きた出来事のように鮮明に残っていました。
胸騒ぎが収まらず、私は学校へ行く前に祖母の店へ走りました。
「おばあちゃん!あの棚、危ねぇから触んないで!」
祖母は目を丸くしました。
「なんだぁ、麗。朝っぱらからどうしたんだ?」
「わかんないけど、あの棚が倒れる気がすんの!」
祖母は不思議そうな顔をしながらも、
「そうか。んじゃ、あとで見てみっか」
と言ってくれました。
その日の昼過ぎ。
古くなっていた棚の脚が折れ、店の床に大きな音を立てて倒れたのです。
幸い、祖母にもお客様にも怪我はありませんでした。
夕方、学校から戻った私を、祖母はいつもより長く見つめていました。
「麗、朝のこと、なんでわかったんだ?」
私は答えられませんでした。
「わかんねぇ。ただ、頭ん中に見えたんだよ」
祖母はしばらく黙っていました。
そして、私の頭を優しく撫でながら言いました。
「そうかぁ。麗にも見えるようになったんだな」
それが、私にとって初めての不思議な体験でした。
Chapter 03
霧の向こうの景色
それから、少しずつ奇妙なことが増えていきました。
友達と話している時、まだ起きていないはずの出来事が、突然頭に浮かぶようになったのです。
仲の良かった友達が転校していく光景。
いつも元気だった先生が、しばらく学校を休む光景。
家族で出かけた先で、懐かしい人と再会する光景。
最初は、ただの想像だと思っていました。
けれど、数週間後、数ヶ月後。
頭に浮かんだ光景とよく似た出来事が、現実に起こることがありました。
不思議だったのは、未来の見え方です。
数日先や数ヶ月先の出来事は、まるでその場所に立っているかのように鮮明でした。
一方で、2年、3年と先になるほど、景色は薄い霧に包まれたように曖昧になっていきます。
それでも、人生の大きな節目や、人と人との縁が変わる瞬間だけは、なぜか強く印象に残るのです。
ある日、私は祖母に尋ねました。
「おばあちゃん、なんで私にはこんなもんが見えんの?」
祖母は少し考えてから答えました。
「そりゃ、ばあちゃんにもわかんねぇなぁ」
「変だっぺ、私」
すると祖母は、少し強い口調で言いました。
「何言ってんだ。変なんかじゃねぇよ」
そして、私の手を握ってくれました。
「ただな、麗。見えたからって、何でも口にすりゃいいってもんじゃねぇ。人には人の気持ちがあっからな」
その言葉を、私は長い間忘れませんでした。
Chapter 04
祖母の店を閉じた日
高校二年生の冬。
祖母が珍しく、私に相談をしてきました。
長年続けてきた商店を閉めるかどうか、迷っているというのです。
「麗、ばあちゃんも歳とっちまったかんなぁ」
「どうしたの?」
「店をな、そろそろ閉めっかなって思ってんだ。でも、みんな困っちまうべ?」
祖母は、何日もひとりで悩んでいたようでした。
その話を聞いていた時です。
ふと、私の頭の中に、ある光景が浮かびました。
店の引き戸には鍵がかかっていました。
けれど、その隣の小さな部屋には、祖母と近所の人たちが集まり、楽しそうにお茶を飲んでいました。
祖母は、今まで見たことがないほど穏やかな顔をしていました。
私は思わず言いました。
「おばあちゃん、店閉めても、みんな来てくれっぺよ」
祖母は驚いたように私を見つめました。
「麗、何か見えたのか?」
私は小さく頷きました。
祖母はしばらく黙っていましたが、やがて優しく笑いました。
「そうかぁ。だったら、もう無理しなくてもいいんだな」
その翌年、祖母は長年営んできた商店を閉じました。
けれど、店を訪れていた人たちは、その後も祖母の家へ遊びに来るようになりました。
私が見た光景と、よく似た日々が続いていたのです。
ある日、祖母は私に言いました。
「麗、よく覚えときな」
「未来が見えることが偉いんじゃねぇんだよ」
「その人がな、明日も頑張ってみっかって思えること。それが一番大事なんだ」
その言葉は、今でも私の心の奥に残っています。
Chapter 05
東京で過ごした日々
二十歳を過ぎた頃、私は茨城を離れ、東京で働き始めました。
この不思議な感覚のことは誰にも話さず、ごく普通の会社員として生きていこうと思っていました。
朝早く電車に乗り、夜遅く帰宅する毎日。
仕事にも少しずつ慣れ、友人もできました。
けれど、年齢を重ねるにつれ、私の中には言葉にできない違和感が積もっていきました。
電車の中で隣り合った人。
職場で何気なく言葉を交わした同僚。
初めて訪れた場所で出会った人。
そうした人たちと接するたびに、時折、その人の未来を思わせる光景が浮かんでくるのです。
笑顔で話している人が、数ヶ月後には涙を流している。
不安そうに俯いていた人が、見知らぬ場所で穏やかに笑っている。
その光景が何を意味しているのか、私自身にもわからないことがありました。
「なんで、こんなもんが見えんだろう」
何度もそう思いました。
未来は、ひとつに決まっているのでしょうか。
それとも、人の選択によって変わっていくのでしょうか。
その答えを、私は長い間探し続けていました。
Chapter 06
筑波山で
40代を迎えた頃、私の人生にも大きな転機が訪れました。
長く勤めていた職場を離れることになり、これから先の生き方を考える時間が増えたのです。
そんな時、ふと思い出したのが、祖母と過ごした霞ヶ浦の風景でした。
私は久しぶりに茨城へ帰りました。
水辺を吹き抜ける風。
遠くまで広がる空。
夕暮れになると、湖面には柔らかな光が映り込んでいました。
「やっぱり、ここの空は広いなぁ」
思わず、そんな言葉がこぼれました。
東京にいた頃は、毎日何かに追われていたように思います。
けれど、その景色を見ていると、幼い頃の自分に戻ったような気持ちになりました。
翌日、私は筑波山を訪れました。
山の空気は澄んでいて、木々の間から差し込む光が静かに揺れていました。
歩きながら、祖母の言葉を思い出していました。
「心まで曇らせちゃなんねぇよ」
「人のことを、ちゃんと見られる人になんな」
祖母の声が、すぐそばで聞こえたような気がしました。
私は立ち止まり、小さく呟きました。
「おばあちゃん、私、もう隠さなくてもいいんだっぺか」
もちろん、返事はありません。
けれど、不思議と心が軽くなりました。
これまでずっと隠そうとしてきた感覚を、誰かのために役立てる道もあるのではないか。
未来が見えることそのものに、意味があるのではありません。
その先に待つ出来事を知ることで、今を生きる誰かの心が少しでも軽くなるのなら。
それが、私にできることなのかもしれない。
筑波山から帰る頃には、心の中にあった迷いが、少しずつ薄れていました。
Chapter 07
はじめてのご相談
茨城に戻ってしばらく経ったある日。
昔からの知人である50代の女性が、私を訪ねてきました。
長年勤めてきた会社を辞めるべきか、悩んでいるというのです。
ご主人との関係もぎくしゃくし、これから先の人生に希望を持てなくなっていました。
「もう、この歳だかんなぁ」
女性は何度もそう口にしました。
私は、しばらく話を聞いていました。
すると、ふと頭の中にひとつの光景が浮かびました。
明るい窓辺。
小さなテーブル。
そこに座り、誰かと楽しそうに話している女性の姿でした。
今、目の前で俯いている女性とは、まるで違う表情でした。
私は、その光景を静かに伝えました。
「今は先が見えなくても、これから穏やかに笑える日が来るかもしんねぇよ」
女性はしばらく黙っていました。
やがて、小さな声で言いました。
「そんな日が来るんだっぺか」
私は頷きました。
「だから、今すぐ全部決めなくてもいいんじゃねぇかな」
女性は、目に涙を浮かべながら笑いました。
「麗ちゃんに話して、よかった」
数ヶ月後、女性から連絡がありました。
仕事を続けながら、新しい資格の勉強を始めたそうです。
以前よりも、自分のために時間を使えるようになったと話してくれました。
私が見た光景とまったく同じ未来だったわけではありません。
けれど、女性の声は、あの日よりもずっと明るく感じられました。
その時、私はひとつのことを学びました。
未来を知ることが、人を救うのではありません。
未来に希望を持てることが、人を前へ進ませるのだと。
Chapter 08
時詠みとして
それから私は、少しずつ人の相談を受けるようになりました。
最初は、昔からの知人や近所の方だけでした。
やがて、人づてに相談が寄せられるようになり、オンラインでもお話を伺うようになりました。
恋愛で深く傷ついた方。
家族のために自分の気持ちを押し殺してきた方。
長年働き続け、これからの人生に迷っている方。
大切な人との縁が、この先どうなるのか知りたい方。
抱えている悩みは、人それぞれです。
けれど、皆さんに共通していることがあります。
それは、今より少しでも幸せになりたいと願っていることです。
私は、近い未来に浮かぶ光景も、数年先に感じる人生の大きな流れも、大切に受け止めるようにしています。
ただし、未来は必ずその通りになると決まったものではないと考えています。
人の心は変わります。
出会いによって人生が変わることもあれば、ほんの小さな決断が、その先の景色を大きく変えることもあります。
だからこそ、私が大切にしているのは、未来を一方的に告げることではありません。
その方が今、何に苦しみ、何を願い、どのような人生を歩みたいのか。
その想いに、静かに耳を傾けることです。
Chapter 09
心まで、曇らせずに
今、私は50代になりました。
幼い頃、祖母の商店で過ごした時間が、昨日のことのように思い出されます。
霞ヶ浦の静かな水面。
筑波山に流れる穏やかな風。
鹿島神宮の深い杜。
大洗の海に昇る朝日。
茨城には、長い年月をかけて受け継がれてきた自然と、人々の祈りがあります。
私にとって、この土地は心の原点です。
祖母が教えてくれた言葉を、今でも忘れたことはありません。
「麗、先が見えなくても、心まで曇らせちゃなんねぇよ」
人生には、どうしても先が見えなくなる時があります。
何を選べばよいのかわからない時。
誰にも悩みを打ち明けられない時。
もう一度幸せになれるのか、不安になる時。
そんな時に、ほんの少しでも心を照らせる存在でありたい。
その想いから、私は「時詠み」という言葉を大切にしています。
時の流れを感じ、これからの可能性を読み解く者。
それが、私の目指す姿です。
もし今、誰にも話せない悩みを抱えているのであれば。
もし、これから先の人生に迷いを感じているのであれば。
どうか、ひとりで抱え込まないでください。
「こんなこと相談してもいいんだっぺか」
そう思うようなことでも、遠慮はいりません。
ご縁をいただけた方のお話を、ひとつひとつ丁寧に伺いたいと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これから先の毎日が、少しでも穏やかで、温かなものになりますように。